愚者の持論 目標 私には持論がある。 最近他人の目標をよく問うことがあるのだが、若い人達の目標が低いように思う。 「普通」を目指す人がいる。 人は目指すだけで到達出来るわけでは無い。 もちろん目標を達成できれば良いに越したことは無い。 しかしながら、そう簡単に到達出来ないのが目標である。 だからより高いところを目標として、着地点を妥協していく。 「普通」の生き方とは、多分「中流」の事を指すのだとは思うが、 そこを目指していてはそこに到達することは難しくなる。 結果、普通以下に収まることになる。 何十年も先の目標を持つのは難しいと思うが、3ヶ月先や半年、一年先の目標くらいは 簡単に設定出来ると思うのだが、あまりにも漠然としすぎている人が多いのではないか。 また、普通が何かと説明出来る人も少ない割に目指す人が多い。 無難な所に落ち着こうとしているように思える。 無難が楽しいか? 危険が無いこと、間違いが無いことが、そんなに尊いのか? 特に優れても無いし欠点も無いことが何に繋がるのか?何を生み出すのか? 誰が感動してくれるのか?誰が共感してくれるのか?誰が応援してくれるのか? 家畜のような人生だ。 社畜という言葉があるが、社畜である前に親の家畜ではないのか? そのように思えてならない。 もっと高きに身を置いてこだわりを持って生きて欲しいものだ。 |